オモロイ坊主の「ヴィパッサナー瞑想」と「慈悲の瞑想」
慈悲の瞑想について
オモロイ坊主こと藤川 チンナワンソ 清弘 和尚 の言葉
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『あたかも、母が己の独り子を命を賭けても護るように、
そのように一切の
生きとし生けるものどもに対しても、無量の慈しみの意(心)を起こすべし。
また全世界に対して無量の慈しみの意(心)を起こすべし。
上に、下に、また横に、障害なく、怨みなく、敵意なき慈しみを行うべし。
立ちつつも、歩みつつも、座しつつも、臥しつつも、眠らないでいる限りは、
この慈しみの心づかいをしっかりとたもて。
この世では、この状態を崇高な境地と呼ぶ』
法句経 第一章149〜151
キリスト教やイスラム教をはじめ、世界各国で多くの人々に信じられ、世界的宗教と呼ばれる全ての宗教では『愛』と言うことを強調して説いているが、仏教では『愛』というあいまいな表現ではなく『慈悲喜捨』という次の四種類を『愛』に代え、『慈しみの心』として教えている。
慈(パーリ語でメッター) =友情、生きとし生きるものは全て友人である、と言う心。
悲(パーリ語でカルナー) =抜苦、全ての生命の苦しみをなくしてあげたい、
人の苦しみをなくしてあげたいと言う心。
喜(パーリ語でムディター)=他の生命の幸福を喜ぶ、人の幸福を我が事のように喜ぶ心。
捨(パーリ語でウペッカー)=正しい智慧で、ありがままの事象をありがままに観る心。
『私こそは、我こそは』と己の幸せ利得を求め、ともすれば他の生命を押しのけでも自分だけは幸せに生きたい、
と言う自我の硬い殻を破り『みんなが幸せになって欲しい』という清い心を、自分の心の中に強引にでもたたみこむために、
毎日毎日『慈悲の心』を念じ続けるならば、必ず心が落ち着き、顔色が明るくなり、よく眠れ、気持ちよく目覚め、平安な日々がおくれ、老いてもボケずに死ね、平安で安らぎに満ちた、日々へと導くと仏教では説いている。
『私達が幸せでありますように』
『生きとし生きるものが幸せでありますように』
『慈悲の瞑想の実践』
まず足が痛くならない、自分の一番楽な姿勢で座ります。
胡坐でも正座でも蓮華座でも、あるいはイスに奥深く腰掛けても問題はありません。
(このとき両足は前に揃えて座って下さい。)
手は両手の平をそれぞれの足の上に置いてもよいし、前で組んでもらっても結構です。
そして背筋をまっすぐに伸ばし、目を閉じてください。
『みずからが幸せで平和でないならば、愛する人たちや、同じ屋根の下に住む人たちにさえ、平和と幸せを分かちあうことが出来ません』
息を吸い、体を鎮める。
息を吐き、ほほえむ。
この瞬間に生きる。
素晴らしい時間だと知る。
ティク・ナット・ハン師の“仏の教え”
ピーイング・ピース(ほほえみが人を生かす)より
まず自分のことを念じます。
『私は幸せでありますように』 (慈の心)
『私の悩み苦しみがなくなりますように』 (悲の心)
『私の願いことがかないますように』 (喜の心)
『私に悟りの光があらわれますように』 (捨の心)
以上を3回繰り返し声を出して念じ、
続いてもう一度
『私が幸せでありますように』と三回、
声をだして念じてください。
そして続いて心の中深くで強く
『私は幸せでありますように』と三回、念じてください。
…………そして少し間をおき………
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